悩みの相談・愚痴など様々な人生の出来事について話し合いましょう。
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nayamisoudankun’s blog

人生は悩み多きもの。コラムで悩みを愚痴たり、慰め合ったり。

2.なぜ、社会主義国家は崩壊したのか?

 前回の「古い国家体制は崩壊する」に続ける。

 

1.共産主義体制時代のポーランド庶民の生活(囲われた生活)

  平凡な農村に暮らす人々にとっては、日曜日とは村の広場を散策し、知り合いと

  雑談をする。村から外には出ない。・・・これで一生を終えると感じさせる。

  ・・・これが”常識”だったと、1990年代によく聞いた。

2.東ドイツからウラジオストックまで(画一的な建物)

  共産党の幹部の住まいから労働者との住まいには相当数の階級があり、それに応 

  じた画一的なアパートが”ユーラシア大陸の西(東ドイツ)から東(ウラジオストッ

  ク)まで”建てられていた。幹部の住居だとガードマン付きで部屋数も複数ある。下

  級労働者だと、寝て暮らすだけの部屋のみ、とか。

3.ダム百貨店の食堂(最悪のサービス)

  スーパーインフレでルーブルの価値が急速に低下していた頃、赤の広場の近くに

  あるダム百貨店の食堂で昼食をとった。

  日本の企業での食堂のような雰囲気。

  但し、スープや料理は冷え切って不味い!

  それもそのはず、料理を作る人は黙々と作り、出来上がった料理を出す人は淡々と

  皿を出す。

  食べる人は兎に角新鮮な皿を選りだしてとる。

  当然、古いお皿が残る。・・・後から来た客は冷え切った皿を選ぶしかない。

4.兎に角”闇ドル”が強かった

  欲しいものはブラックマーケット(闇市)に行くかドルショップに行かないと

  買えない。役人は直ぐに”袖の下(わいろ)”を要求する。

  今は、観光客で賑わうブダペストの鎖橋だが、昔は、橋を歩くと必ず闇ドル買い

  の男が付いてきた。

・・・斯くして、ソ連とその衛星国は崩壊した。